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静岡出身 里中ハル 新海元 久利生公平 沖島柊二 片桐哲平 瀬名秀俊 上田武志 誰よりも木村拓哉と静岡県清水市(現静岡市)と清水エスパルスと清水東サッカー部を愛す 気がついたら33歳


by sousukeid
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不二見小学校野球部とは、、、不二見イーグルス


僕にとって、
朝起きることは、
今日も遅刻しないでよかった!!と思うこと以外なにものでもないかもしれません。
ちなみに朝はめちゃくちゃ強いです。
今日もパリーグプレーオフと、サッカー日本代表ウクライナ戦がとても楽しみにしている
聡亮です。


そういえば昨日、じゃがバタを作りました。
本当に本当においしく出来ました。
ちなみにうちには芋をふかす容器も、電子レンジもありません。

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写真はじゃがバタを料理しようとする僕です。




僕は、少年時代、野球少年でした。
僕の小学校の野球チームは不二見イーグルスと言って、めちゃめちゃ強かったです。
それはそれは。。。



僕の小学校は、2つ上の世代から、本当に野球が強くて、
(それより上は知らないだけなのですが。。。)
僕らの野球部は、
静岡県清水市内にありながら、サッカー部より確実にもててました。


全国大会も何回か行きました。
ちなみに僕のチームは全国16位でした。(自慢です。)


静岡県清水市内には16チームくらいがあったのですが、
市の大会では必ずと言っていいほどベスト4までたどり着きます。
上位に残るのが、
不二見イーグルス
飯田リトルパワーズ
興津ドラゴンズ
と言ったところでしょうか、
後は
高部ライオンズだったり、有度ドジャースなんかも強いと言えば強かったですが、、、
僕の世代で負けた記憶は
飯田と興津くらいしかありません。
ちなみに飯田と興津と不二見は全国クラスのチームでした(小学校世代では)。



で、野球って、本当に試合になるまでが大変なんです。
先ず、草野球にありがちな
●ストライクが入らない
●フライが取れない
●キャッチャーが捕球できない
コレがあると、つまらなくなってしまいます。


そして、コレが出来ることが条件で、さらに上のレベルに行くと、
●盗塁を刺すことができる(捕手)
●ダブルプレーを取れる(野手)
●状況ごと(カウントごと)に野手が守備位置を自発的に変える
コレがあると、本当に面白くなる。


そして次のレベルになると、
●野手同士でサインをして、守備体系を変える(作戦を1球ごとバメンで変える)
コレが本当に楽しい。


僕らは、小学校から、サインを持っていました。
これは、監督がベンチから出す攻撃のサインではありません。
守備のサインなんです。

主にはキャッチャーがサインを出すんですが、
本当に楽しかったです。
僕は小学校6年生の途中まで、
鈴木○ゆた君にポジションを奪われるまでキャッチャーでした。
肩が強かったからです。
その後は市内大会レベルだったらピッチャーもやってました。
球が速かったからです。



ちなみに忘れられない試合は、
僕が小学校5年生の時の試合で、
ひとつ学年が上の世代のボロボロ負け試合の最終回に、
一つ学年が下なので、出場することが出来なかった宮城島君と、
僕が急遽代打で最終回に出場した試合です。
本当に今でも忘れません。
富士川の河川敷で行った試合で、確か1992年4月29日だったと思います。

スコアはこの時点で8-0とかの完封ペース。
その試合は相手がかなりいいピッチャーで、
先輩も数本しかヒットを打てていませんでした。
(もしかしたらノーヒッターゲームだったかもしれません。)
僕らに打てるわけがないわけで。

最終回、お情けで登場した僕達二人は、先に宮城島君が代打でした。
両方ともいい経験として出してもらいました。
打てるわけが無いのに。。。
ま、いいや。と思っていました。

あ!!
先に宮城島君が二塁打を放ちました。
この時点でありえませんでした。宮城島君本当に勝負強いな!!って思いました。
先輩達が数回打席に立って打てなかった投手相手に、
代打でヒットをしかも長打を打つなんて!!
僕に打てるわけが無い。。。
この頃既に『被害妄想クラブ』に加盟しつつあり、
なおかつお酒と言う薬を小学生のため適用できなかった状態から、
コレは凡退して俺の株が下がるだけ。はいおしまい。と妄想しながら、、、
・・・と思いつつ打席に。。。
黒い自分のバットを持って立ちました。

そしてその次の打席で僕は、







なんと、










ホームランを打ちました。
小学生なので、フェンス超えというものがありません。
必死に走りました。
ランニングホームランです。

先輩達が7回を戦って1点も取れなかったのに、
僕らボール拾いがたったの2人で2点を取ったのです。
本当に涙が出て、必死に泣いているのを隠そうとしたのを覚えています。
いいね!!野球!!

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写真は熱心にも忘れられないホームランについて語る僕です。


さてさてサインの話に戻りますが、
ランナーが走りそうだったら、牽制球のサインをショートとセカンドとピッチャーに出したり、
2塁ランナーのリードが大きかったら、ノーマークにしてセンターをセカンドに入らせるとか、
普通に小学生の癖して確実にやってのけてました。
今考えると、僕らは、
野球が嫌になるほど野球ばかりしていました。


松浦君・大滝君・・・非凡な野球センス抜群!!
(彼ら2人は後に高校野球でも静岡県大会を騒がすクリーンアップになりました。)
石田君・・・華麗な守備
村山君・・・名ショート(最近結婚しました)
小倉君・・・不動のエース
宮城島君・・・巧みなバッティングセンス
松本君・・・大きい体
なゆた君・・・ポジション奪われた(最近結婚しました)
僕・・・小学生の頃から酒豪になりそうすけでした。


今思い出しても、本当に強かったです。
この9人が揃うことは、
もう小学校卒業してからは残念ながら一度もありません。
もう13年も経つんですね。
しかし、おそらくこの9人で再会しても、何とか通じ合うものがあると思います。
なぜなら、
小学校時代の放課後の90%以上の育ってきた環境が一緒だからです。
ちなみに僕はリーダシップ満載の男ですが、
やっぱりこのチームになると、小倉君がキャプテンだったので、
彼が中心にいました。


僕らの野球部は、小学生なのに、
火曜日~土曜日まで毎日4時間位練習
日曜日試合
月曜日休み
という偉業を何のことは無くやってのけていました。
プロですね。いわゆる。


練習が終わるときに、腕立て、腹筋、背筋を30回×3を
ピッチャーマウンドに集まってみんなでやってましたし、
200mくらいあるグランドの対角線上のフェンスまで、5往復したりしてました。
練習の最後ですよ。
ありえません。
しかも全員。よくやった。
日本一規律のとれた小学生野球部ランキングトップ10には、はいっていましたね。

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写真は勤務中にも関わらず、不二見イーグルス時代を思い出して語っている僕です


というわけで、僕の小学校時代はほとんどが野球生活だったわけです。
小学校2年生から小学校6年生の最後の最後まで、
ずーと平日は練習。日曜日は試合。の繰り返し。
お父さん、お母さんは日曜日の度僕の応援やら何やらで、、、
両親も、休みどころじゃなかったでしょう。感謝です。
礼儀作法も覚えましたし、
耐え難きを耐えるコツも覚えましたし、
なにより、全国クラスの野球をすることによって、優越感を小学生にして覚えました。


今思うと、本当に野球をやってよかったと思います。
が、
FIFAワールドカップに出たいのも事実です。


そんなわけで、
僕の小学校時代のエピソードの紹介でした。
めちゃくちゃ地元ネタだったので、ま、単なる日記だと思って見てくださいね。




でわ!!
by sousukeid | 2005-10-12 17:54 | 澤野聡亮の人生・日々是成長