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静岡出身 里中ハル 新海元 久利生公平 沖島柊二 片桐哲平 瀬名秀俊 上田武志 誰よりも木村拓哉と静岡県清水市(現静岡市)と清水エスパルスと清水東サッカー部を愛す 気がついたら33歳


by sousukeid
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イチローに学ぶ、継続は力なり


 久しぶりのブログで、緊張してはいるけれど、ブログ休息中に、アメリカメジャーリーグでは、とんでもないことが起こりまくっていましたね。

 整頓するまでもないけれど、

●イチロー262安打ジョージシスラーの257安打記録を84年ぶりに抜きさり、新記録樹立!!

●松井秀樹31号HR・108打点!!(3割に届かず・・・)

松井も十分すぎるほどすごいけれど、松井秀樹は今日から行われているプレーオフがあるので、ミスターオクトーバーになることを祈って、今回はイチローさんの話題で・・・

天才!!
って思ったのは、210安打した年に思いました。
当時僕は野球チームに所属していました。
静岡県清水市(現静岡市)の清水四中で、野球をしていました。
おそらく2年生だったころでしょう。

小学校のころなどは、野茂のピッチングフォームをものまねしてキャッチボールをしたり、落合・清原とかのものまねをして遊んでいたのを覚えています。

210安打した年に、イチローさんの歴史みたいなドキュメント番組がよく報道されていて、彼が愛工大名電出身だとか、昔はピッチャーだったとか、少年のころからバッティングセンター毎日通っていたとか、ハワイのリーグで首位打者をとった??とか、、、そんなことを知った覚えがあります。

正直、そのころのプロ野球とかでは、首位打者なんかは、毎年異なっていました。
なので、僕は、今年だけだろう・・・とか思ってましたが!!
7年連続パ・リーグ首位打者!!
初めて首位打者をとった当時中2だった僕の、ひとつ年下の松坂君が甲子園に出て、西武ライオンズにドラ1で入った1999年に対戦するまで(2000年まで首位打者)、ずーと首位打者ってことになります。

きっと、生きている世界が違うんでしょう。
と僕とか、マスコミは片付けたがりますが、イチローさんの努力とか、そういうモノは、半端じゃなかったのだと思います。

278安打目を打ったときは、僕は会社にいたので、web上で確認しただけでしたが、なぜか涙が出そうになったのを覚えています。

これが、僕が毎日チェックしまくっていたスポーツナビのイチローページのその瞬間を表現した場面です。


■第2打席:センター前ヒット・年間最多安打新記録

カウント
B ●●
S ●●
O  

 3回裏のマリナーズの攻撃はイチローから。2ストライク2ボールから真ん中低めのストレートを打って、打球はショートの横を抜けて、センターに転がる。84年ぶりに年間最多安打を更新する258本目のヒットとなった。

 マリナーズベンチから選手が全員飛び出し、イチローをベース上で祝福。その後、観戦に訪れていたシスラーの長女のもとに駆け寄り、握手をした。



もう、感動で感動で。。。

結局それ以来、262安打までヒットを重ねて、今シーズンは終えました。
みんなの心に残った瞬間だと思います。

イチローさんは、昔からマスコミ嫌い??みたいな感じでヒーローインタビューとかで無愛想な態度をとっているイメージが強かったのですが、逆に今回はとても喜んでいましたね。
昨年スランプで、何とか3年連続200本安打を記録したときと同様、彼の言葉は説得力というか、裏付けるものの大きさみたいなものがあります。以下、コメント(スポーツナビ記事抜粋)を掲載

 今季257本目のヒットは、いとも簡単に生まれた。

 初回の第1打席。消化試合にしては信じられない4万5573人の観客の前で、イチローが左方向へたたきつけた打球がサードの頭上を越える。打った本人が、「サードの頭を、越えろ」と念じた分だけ、打球は高く跳ねた。

 花火とともに、スタンディングオベーション。たっぷり5分はあっただろうか。あまりにも長すぎて、イチローも戸惑う。2度までもヘルメットを脱いで、ファンに応えた。
「どう自分がリアクションしていいのか、確かに難しかったです」
 とイチロー。しかし、
「そこは素直に、自分の感情に任せました」

 オークランドで記録達成かと思われたが、あと1本が出なかった。が、結果的にホームの観衆の前での記録更新は、ファンのシナリオどおりとなった。

「(昨日の試合は)1本出て、その後3打席ありましたけど、3つ凡退したときは、本当に悔しかった。でも今となっては、結果的にオークランドで出なくて良かったなって思います」

 記録更新は、3回の第2打席。球足の速い打球は、ショートの右を抜け、センター前へ。その時、花火と観客のスタンドオベーションは変わらなかったが、イチローを大きく驚かせたことがあった。

「まさかね……」
 なんと、一塁ベース上にいるイチローのもとに、ダッグアウトにいた監督、選手、コーチ全員が、飛び出して来たのだ。

「ファンの人の反応というのは、ある程度、まあ1打席目を終わって、何となく分かるじゃないですか。でも、わざわざダッグアウトから、選手や監督が出て来てくれるなんてことは、まったく考えていなかったですし、試合が終わってからビールをかけられることも、まったく想像できなかったですね(笑)」
 試合後は、シャンパンシャワーではなく、ビール。イチローは全身にビールを浴び、会見場に入って来たときは、アルコール臭かった。

 会見で最初にされた質問は、打ったときの心境。イチローはこう言った。
「今は、少し時間が経っているので少し冷めてるんですが、達成した直後は、かなり熱かったですね。もうこれまで、僕の野球人生の中では、最高に熱くなりました」

 「257」という数字をいつから意識したかと問われれば、「できる、できない」の葛藤があったことをうかがわせた。
「具体的にイメージするようになったのは、当然200本を超えてから。『普通にやっていけばできるかもしれない』――そんな風にも考えたんですけど、この前のホームスタンドではなかなかヒットが出なかったんで、厳しいかなあって逆戻り。でも、アナハイムで5本、4本とヒットが出て、その時にまた『可能性が出てきな』って思いましたね」

 その「257」という数字だが、知ったのはプロ3年目にオリックスで210安打を放った1994年のことだったという。
「あの年に、アメリカではこんな人がいるってことを、聞かされた記憶があります」
 そして、その時の印象をこう語った。
「大リーグでは162試合と聞いていたので、あと32試合。もしこのペースで行けば、『できるのかなあ』って感じましたね。(逆に)このペースでなければ、届かない数字――そうやって考えたこともありました」





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by sousukeid | 2004-10-06 15:45