こんにちは。
中田の引退メールをなんども読み直している聡亮です。
すばらしい文章ですね。
本当に。
感動します。ないてしまいそうです。
宮益坂の松屋あるじゃないですか。
あそこのバイトにおばさんがいるんですが、
僕が行くと、話しかけてくれるんですね。他愛も無い話ですが。。。
結構仲がいいんです。
今日は、不動産情報のフリーペーパー読んでいたら、
「物件探してるの?」
と。まあそんな感じですが。。。
とてもやさしいお母さんです。
松屋のバイトの接客マニュアルにはきっと書いていないであろう、
なれなれしい口調で、コミュニケーションを積極的にとってくる。
それが本当に癒される。
彼女の人間性が、僕の松屋に行く足取りを軽くさせる。
それが渋谷宮益坂の松屋の現場。とても人間味がある職場です。
みなさんも、是非。
春のごぼう豚めしを。
中田英さんも是非、旅の途中に寄ってみてください。
人って、寿命まで、自分に厳しくしないで生きることも、厳しくして生きることもできる。
厳しくできない人。
自分にごまかしながら。
好きなことだけをして。
ただ、
あの頃、
受験勉強してきた課程で努力したことや、
売上げを伸ばそうと必死に悩んだりしたことや、
そうゆう向上心があったことは慣れによって忘れる・・・場合がある。
ああゆう感情はちょっと忘れてる。
うまくいっているうちや、安定している真っ只中は、
ああしよう!!とか、
こうしよう!!とか、
あれじゃダメだ!!とか、
これじゃダメだ!!とか。
そうゆうことを考える行為を怠って、
いつの間にか『可能性』とかという言葉からかけ離れていって、
どのように週末を誰と呑むのかを考えて生活をしだす。
可能性を追い求めることはしないで、
何もしない自分を評価する。
もし、誰かが成功していたとして、
自分にとってうらやましいと思う人生を歩んでいたとしても、
時間が無いからできないんだ。
この労働条件が悪いから何もできないんだ。
と、
どんどん環境のせいや、境遇のせいにする。
(別にお金のことだけじゃありません。)
で、
適当に生きる。
むしろ環境への感謝の気持ちも忘れて。
もともと僕は静岡人なので、
そうゆう安定志向第一の考えは大好きだけど、
やっぱり何かに追われていないと気がすまない性格で、
人生自体にもったいなさを感じる。
自分の有限会社の決算が6月末。
17年7月7日に目黒区に法人登記完了したので、今日でまるまる一年です。
何のために設立したんだ!?と思い返してみる。
そんな節目に。
五体満足のこの体で、
最近、可能性を閉ざしている感じがしたので、
戒めのために書いておきました。
世界中で、60億人を超える人たちが生きています。
日本語を小学校から習っている僕達だけでも1億人以上いるんです。
どうせ生きるんだったら、
一人でも多くの人たちと関わって、幸せを作って生きたい。
間違っても人を不幸にして、自分だけ幸せになったり、そんなことを仕事にはしてはいけない。
そんなために、色々な人たちに支えられて守られた子供のころがあったわけじゃない。
人生って何なのかが、現時点で誰にもわからないとするならば、
五体満足の僕の体と、人生は、そのためにあるんだと。
僕の場合は先ず、地元の清水から!!
俺の性格。
なんでこんなにひねくれてるんだろう。
と思うことがしばしばある。
考えすぎというか、
考えてしまうことによって、
自分の人生を損しているのでは。と。
もっとシンプルに。
でも
もっとアグレッシブに。
今年の聡亮は一味違うぞと。
そう言い聞かせて生きています。
世界中の人々が、ジダンのラストダンスに華を持たせることと、
僕の彼女が早く見つかれば!!という絵を描いているに違いありません。
以上。
では。