静岡出身 里中ハル 新海元 久利生公平 沖島柊二 片桐哲平 瀬名秀俊 上田武志 誰よりも木村拓哉と静岡県清水市(現静岡市)と清水エスパルスと清水東サッカー部を愛す 気がついたら33歳


by sousukeid
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カテゴリ:戦争( 2 )

靖国で会おう 靖国神社


ったく暑いったりゃありゃしねえ。
溶けちゃうよ。本当に。
つーか渋谷はPAPICO(アイス)が売ってないよ。本当に。どうかしてるよ。



終戦記念日ということで、
『じゃ、靖国行ってくるね』
と。。。
で、九段下まで行くわけですよ。渋谷から。半蔵門線に乗って。
けんちゃんと二人で。ね。
ココイチのカレー食べたあとにね。
すべらない話宮川で笑ったあとにね。



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靖国神社

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ニ礼ニ拍手

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兵隊さんです

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零戦



夏を感じますね。
昨年の、みたま祭り以来です。





小泉さんも二年連続で参拝したようで。

小泉内閣発足時、
日本国民の支持率が70%もありました。
公約で、
『どんな抵抗勢力があろうとも、終戦記念日の靖国参拝を行う』
ことを掲げたあの総裁選。
ある意味でこれが日本の支持率の基盤だったのかもしれないと思うと、
靖国神社という場所は、日本人にとって、本当に特別な場所であり、
今日の参列者の多さを目の当たりにしても、
『もはや戦後ではない』
とはいえ、
戦争・終戦記念日というものが、どれだけ国民の中の心を占めているのか、
考えさせられるわけですよ。







侵略戦争。
東京裁判、A級戦犯。
従軍慰安婦。
南京虐殺。
憲法改正。










どれが確かな知識なのかわからないまま、
そして明確にしないまま、
『それ』から62年もの年月が経った日本。

思想の右よりだとか左よりだとか関係なく、
『靖国であおう』
と言い残し、
爆弾を抱えて飛び込んでいったような8月もあったんだって。
10代にして、『何か』のために命を落とすという、
そういう世界があったんだ。って。

『それ』は、未来永劫残していかなければならない。
それが、
『歴史』
という勉強にほかならないのだから。
と思います。









今日も、いつもと同じ暑い夏ですが、
靖国神社の日差しは、
何か特別な力を感じました。













明日朝、片貝行って来ます。
サーフボード治りました。
あとはnixonの時計だけです。


















では。
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by sousukeid | 2007-08-15 15:16 | 戦争

こんにちは。
昨日は溝の口で飲んでいた聡亮です。
のくちいいですね。
とてもいい街です。
番組で特集が組めちゃうよな街です。是非!!


極東国際軍事裁判


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東京裁判を報じる毎日新聞




オランダのレーリング判事
「廣田弘毅元首相は無罪、ほかの死刑因も減刑せよ。
ドイツのナチスの処刑に比して重すぎる。滅刑せよ。」
「われわれは日本にいる間中、
東京や横浜をはじめとする都市に対する爆撃によって市民を大量に焼殺したことが、
念頭から離れなかった。
われわれは戦争法規を擁護するために裁判をしているはずだったのに、
連合国が戦争法規を徹底的に踏みにじったことを、毎日見せつけられていたのだから、
それはひどいものだった。
もちろん、勝者と敗者を一緒に裁くことは不可能だった。
東條(元首相)が東京裁判は勝者による復警劇だといったのは、まさに正しかった」


フランスのベルナール判事
「この裁判は法の適用および手続においても誤りがある」
「十一人の判事が一堂に集まって協議したことは一度もない」


インドのパール博士
「東京裁判は裁判にあらず、復讐の儀式にすぎない」
「この裁判は、国際法に違反しているのみか、
法治社会の鉄則である法の不遡及まで犯し、
罪刑法定主義を踏みにじった復警裁判にすぎない。
したがって全員無罪である」


アメリカGHQのマッカーサー元師 昭和二十五年十月十五日
「日本が第二次世界大戦に突入していった理由の大半は、安全保障だった」
「敗戦国の政治指導者を犯罪人としたことは忌わしい出来事だった」



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東京裁判





戦争はもちろんいけませんが、
論争という手段以外に、
その『戦争』という手段を取らざるをえなかった
日本人のみならずその世代方達の気持ちは、
知る由も無いです。

そして、その『国際的な手段であった戦争』でさえも、
後に作られた法律の範囲で裁かれ、
有罪となり、死刑になっていった方たちの気持ちも、
今となってははっきり知ることも出来ません。

『どのようなことがあったのか』
を知ることしかできませんが、
『知ること』
が戦犯となっていった方たちと
戦後まだ60年しか経っていないこの
『日本国非常事態』
を理解することだと思います。
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by sousukeid | 2005-09-01 18:51 | 戦争